“TOOL”を使うということ、曽根裕《19番目の彼女の足》をめぐって

自転車に乗ることをモチーフとした作品といえば、曽根裕(1965年〜)の《19番目の彼女の足》(1993年)を思い出す。2人以上で連結した時に初めて機能する自転車だ。

《19番目の彼女の足》(1993年)水戸芸術館での展示風景

曽根は、1人で乗るには不自由なこの自転車を“TOOL”(道具)と呼ぶ。サドルの後ろ側にあるハンドルは、連結した自転車に乗った人が握るためのものだ。重心は前寄りで、連結のためのジョイントは上下左右、回転も可能なボール・ジョイント。極めて自由度の高い(困難な)状況下で、乗り手はハンドルとサドルの間に挟まれた身体によりバランスをとることが要求される。

1993年、水戸芸術館で、この作品の展示とワークショップが開催された。ワークショップは、“TOOL”の乗り手19人の公募からはじまり、約1ヶ月にわたり公開練習として行われた。参加者たちは、最終的に2、3台の連結でかなりの距離を乗りこなせるようになったというが、19台連結した際の前進記録は、わずか3mほどに終わったという。

曽根はなぜこのような作品を制作したのだろうか? そもそも、《19番目の彼女の足》のどこを作品と考えるべきなのだろうか? 美術館に展示されたこの“TOOL”は、彫刻作品ということになるのか? 個々の自転車が“TOOL”と呼ばれているからには、使いこなす発見的行為を作品としているのか?

様々な疑問を惹き起こす作品であるが、私は、こうした疑問のどれもが解釈であり、解釈の総体を含めて作品なのだと考えている。“TOOL”という呼び方も、作品であり道具としての部分であり、決してひとつのメディアとして完結しないような、“問い”を投げかけ続ける仕組みに思われる。

また、ワークショップとして発表されている側面から考えれば、他者とのコミュニケーション(あるいはディスコミュニケーション)のありようを問うているということも、作品概念として重要な観点であることは明らかだ。事実、この作品はその後も展示の度に新たな参加者を募り、記録映像を交えたインスタレーションして展示され、様々な形式で展開している。

1999年には、ツール・ド・フランス参加用モデルも発表されており、《19番目の彼女の足》は、アートワールドにとどまらず、むしろ自転車というメディアであり続けることを重視することで、社会との多様な接点に着目した特異な芸術作品と言えるだろう。

Alpine Attack, 1999,  88.9×122×43.2cm,metal, plastic and ruber, The Rubell Family collection, Miami

《19番目の彼女の足》がアートであり自転車でもあることを考えるうえで重要な観点として、曽根の東京藝術大学建築科の修了制作として発表された「建築家になるための16の道具」──16のオブジェクトと短い文章──に、すでにこの作品の原案が含まれていたことに注目したい。ここで曽根が目指していたものは、建築物のシミュレーションとしての設計ではなく、建築における空間の定義として、二者間、あるいは複数人のコミュニケーションにまつわる思考を、模型として提示することであった。これらの模型は、マルセル・デュシャンの《3本の停止原基》を参照した無限の曲面に始まり、ある土地に地名が与えられ、時間が堆積し、歴史が形成されること、領域が区分されていくこと、さらには人々の断絶やコミュニケーションが生まれる空間を想定している。タイトルからもわかるように、曽根はこれらの模型を「道具」と見立てることにより、建築家にとって、世界を分節化するための物差し自体を問題にしたのだと私は考えている。

 

「建築家になるための16の道具」より

《19番目の彼女の足》には、「三人以上の人間、社会、コミュニケーション以前のコミュニケーションの存在と、コミュニケーションから逃れることはできないということ」と説明が付されている。これは、建築的関心を背景としながらも、自転車という道具の社会的な機能を用いて、コミュニケーションに注目したアート・プロジェクトだと考えられる。曽根は、建築というバックグラウンドから、「原基」としての「道具(TOOL)」の可能性から、社会システムを問うているといえるだろう。

私が曽根の態度に惹かれるのは、“TOOL”を使うということにある。それは、ゼロから何かを生み出すのではなく、社会に存在する自転車という既存のメディアを改変し、自転車としては不自由なのだが、コミュニケーションを際立たせる道具として、社会システムを問う手がかりを提供することであり、ここに美術として社会を問う批評性がある。

実際に、曽根が提示する“TOOL”とは、本来の意味での有用性を備えた道具ではない。むしろ、目的に沿って使われる道具であることと美術作品であることの間に、絶妙なバランスを保ちながら、固有のメディアとして機能し続けているのである。

現代において、社会に存在する既存の道具(TOOL)は、物理的な世界にとどまらず、インターネットやアプリケーションを介したコミュニケーションの中にも、新たな機能とリアリティを形成しつつある。だからこそ、既存のシステムを根源的に揺るがす建築的な観点に裏打ちされた曽根の作品は、現代のインフラストラクチャーをも相対化する、新鮮な解釈を私たちに与えてくれるのだと思う。

参考文献

『19番目の彼女の足 伝達実験ワークショップ』(水戸芸術館現代美術センター、1993年)

『曽根裕展—ダブル・リバー島への旅』(豊田市美術館、2002年)※図版はすべて同カタログより引用

ART iT「曽根裕インタビュー(1)(2)彫る、編む、育む」アンドリュー・マークル、大舘奈津子、2011年2月3日、2月10日

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