アムステルダムの自転車事情

随分以前だが、アムステルダムやハーグなど、オランダには何度か訪れたことがある。オランダと言えばチューリップと風車といったイメージが一般的な頃だ。筆者も自転車に興味がなかったにも関わらず、到着してすぐにここは自転車が盛んだと気づいた。それほど至るところに自転車があり、誰もが自転車に乗っていたのだ。ここは自転車天国だと感じる。

一方で、どの自転車も無骨なまでに頑丈な作りで、大型で年期が入っていた。しかも、駐輪中の自転車は無造作に置かれて入るものの、信じられないほど太い金属チェーンで柵に固定されていた。それほどまでに厳重にロックしなければ、すぐに盗まれてしまうらしい。なんとも物騒な町だなと思わざるを得ない。結局、自転車天国ではなく、自転車修羅の国、という印象が残った。

今回十数年ぶりにオランダへ向かう際に、こんなことがあった。日本の空港の健全なコーヒーショップでの若い女性店員との会話。「どちらにおでかけですか?」「アムステルダムとか…」「お仕事ですか?」「自転車を見に行きます」「オランダですものね」このように、オランダ=自転車という認識が、一般の人にも浸透していることを感じながら出発した。

オランダのスキポール空港に降り立ち、列車で市街地に向かう。空港内でも列車内でも自転車を見かける。宿泊地近くの駅から出ると、自転車専用レーンを大柄な自転車が何台も走っている。これぞアムステルダムと合点しながら住宅地に入ると、今度は何百台と自転車が並んでいる。いや、そんな生易しい状態ではない。駐輪ラックは満杯で、溢れた自転車は街灯や住宅の柵に留めらている。どれもが幅3〜4cmはあるチェーンがドクロを巻いている。

一見すると日本の駅前放置自転車だか、決して放置されているわけではなく、いずれも100%活用されているのた。到着時は休日の夕刻だったが、平日の昼間には随分と駐輪車が減っているし、常に自転車は入れ替わっている。本当に放置されている自転車があれば、持ち主から被害届が出ないので、さっさと盗まれてしまうそうだ。街の自動リサイクル・システムで、しかも公共投資額ゼロ。

これは住宅地だけではなく、商業地でも観光地でも同じ。有名な運河沿いにも運河を渡る橋にも所狭しと自転車が留められていて、空きを見つけるのに一苦労する。中心街にも駐輪ラックや公共駐輪場はあるのだが、まったく数が足りていない。むしろ野良駐輪を許容することで、効率的な運用をしている。それを支えるのが極太チェーンと闇の清掃屋だ。まるで自然界の循環と浄化のようであり、機能不全に陥りがちな社会制度ではないのが興味深い。

このような柔軟性もしくは適当さは自転車レーンや自転車専用道路も同じだ。市街地も郊外も高いカバー率で自動車道が張り巡らされている。しかし市街地では所々途切れている。特に何重にも重なる運河地区では自転車道は少ない。また、中心部では古い石畳をペンキで区切って自転車レーンとしている。つまり、由緒ある歴史地区はそのまま使い、敢えて再開発をしないわけだ。石畳なら自転車も速度を出せないので、観光客などの歩行者にも安全だ。

一方、市街地周辺部や郊外の自転車道路の素晴らしさは筆舌に尽くしがたいほどに素晴らしい。旅行前にオランダに詳しい知人に自転車名所を尋ねると、どこでも良い、どこを走っても素晴らしいと言うのみ。その時は不親切だと思ったが、実際に走ってみると、本当に「どこを走っても素晴らしい」ことを実感する。明るい赤茶色の高品質アスファルトの自転車道が、どこまでもどこまでも続くのだ。アップダウンはほとんどない。自転車のマナーも徹底していて、歩行者優先、次いで自転車優先だ。

そのような自転車道を走る自転車は、無骨な実用車がほとんど。オランダ人は大柄な人が多いので、自転車も一回り大きく、ハンドル・ステムが妙に長くアップライトな姿勢で乗る。前後キャリアは当たり前、前カゴ、後カゴもあれば、ベビー・シートやサイド・バッグを付けている人も多い。オランダらしいカーゴ・バイクも頻繁に見かけ、子供を載せている姿は微笑ましい。重量級の母親まで同乗していることもある。9割以上が生活車で、市街地でロード・バイクを見かけることは少ない。

一方で自転車の乗車スタイルはフリーダムだ。ヘルメットは付けない、傘を差して乗る、犬を連れて走る、ヘッドフォンをして乗る、スマートフォンを操作しながら乗る、二人乗りをする、三人乗りもする、別の一台を片手で操りながら乗る、別の一台を脇に抱えて乗る、などなど。日本の警察が見れば卒倒しそうな乗り方のオンパレード。ただし、交通ルールを守る意識は高いようで、スマートフォンをいじりながらも、赤信号ならきちんと停まっている。

オランダの寛容政策は、自己責任と他者尊重に繋がり、それは自転車文化にも現れている。同じくマルチ・カルチャー主義は、道路は自動車のためだけでなく、自転車や歩行者にも恩恵をあたえるべしとした思想に繋がる。さらに、ヨーロッパでは最も尊ばれるグリーン志向が自転車文化を加速させる。そこにはまったく気負いがなく、とても自然だ。アムステルダムで参加した自転車ツアーの女性ガイドは、前カゴと後チャイルド・シートの実用車で現れ、何でも運べるよと自慢していた。

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