自転車の紋章、過ぎ去りし時代の刻印

昨年秋の旅行でポートランドのPowell’s Booksに立ち寄った。世界で最も大きな独立系書店というだけあって、自転車関連の書籍も数多く取り揃えてあった。その際に買った書籍の一冊が「A Cycling Lexicon」、すなわち「自転車の辞書」だ。黒いハードカバーに金色のエンボス加工された表紙で、小さな本だが厚みがかなりある。シュリンク包装されていたこともあって、ミステリアスな雰囲気を漂わせていた。

自転車の辞書と銘打たれているものの、サブタイトル「Bicycle Headbadges from a Bygone Era」が示すように、実際には自転車のヘッドバッジの図鑑だ。ヘッドバッジはハンドルの下のヘッドチューブに取り付けられる小さなプレート。多くは自転車の製造メーカーのマークやロゴとしてデザインされており、その自転車の出処を示す。今日では意識されないことが多いが、かつては自転車の勲章のような存在だったらしい。

この書籍は全400ページのうち、巻頭の序文や巻末の略歴などを除いた300数十ページに渡ってページごとにヘッドバッジの写真を掲載。その名称のアルファベット順に構成されている。つまり、300数十個のヘッドバッジが紹介されている。ヘッドバッジごとの説明はないので、淡々とした印象を受ける。それぞれの製品や時代の証言者として、ヘッドバッジが静かに語りかけるようだ。

今日の自転車、特に懐古趣味ではない現代的な自転車はヘッドバッジを簡素化したり、省略するのが一般的だ。一方で、フレームに大きく描かれるロゴ・タイプが遥かに目立つようになっている。精巧な工芸品を思わせるヘッドバッジは、人によって好き嫌いはあるだろうが、その慎ましやかさが失われのは事実だ。洗練とは真逆の主張の強いロゴが台頭する商業主義を、この本は逆説的に教えてくれる。

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