クラフトワークの自転車狂時代

テクノポップの元祖、クラフトワーク(Kraftwerk)は1983年にシングル「Tour de France」をリリースする。もちろん、世界で最も有名な自転車レース、ツール・ド・フランスを歌った曲だ。お得意の強靭なドラム・マシンのビートと、レゾナンスを効かせたシンセサイザーのパーカッション、そしてペダルを漕ぐ荒々しい呼吸音が絡まる。きらびやかなリフが華やかなレースを映し出し、正確なテンポで続くリズムが力強いペダリングを反映している。

フランス語で歌われる歌詞は、これまたお得意のミニマルな単語の羅列。最初はフランス各地の名所を織り込み、中間部では峠越えの緩急を描写。最後はトラブルと復帰、そしてチーム精神が歌われる。自転車レース好きなら、いくつもの名場面が浮かんできそうだ。ただ、パリ=ルーベは別のレースでしょ?とか、歌詞の元になったのは何年のレース?といった素人疑問もある。ともあれ、括弧内に補足を入れて和訳をしてみよう。

パリ=ルーベ(レース)は北の地獄(愛称)
コート・ダジュール(海岸)とサン・トロペ(町)
アルプス(山脈)とピレネー(山脈)
最後のステージはシャンゼリゼ(通り)

ガリビエ(峠)とトゥルマレ(峠)
頂上目指してダンシング(立ち漕ぎ)
トップ・ギア(重く速いギア)で漕ぐ
フィニシュでの最後のスプリント(短距離走)

石畳でタイヤがパンク
バイクを素早く修理
プロトン(メイン集団)は再編成
仲間たちと友情

このシングルにはアレンジやミックスの違いによるバージョンがいくつもあるが、プロモーション・ビデオにも興味深い別バージョンがある。それはメンバー4人が自転車に乗って快走するシーンで構成されている。クロモリと思われる細身のフレームが端正でクラシカルな印象を与える。お揃いの黒いピチピチ・ウェアを着込んで仏頂面で走る様子は、これぞダサさの権化クラフトワークらしい愉快さだ。

さて、このシングルに当時のファンは戸惑ったに違いない。何しろ、クラフトワークは「Autobahn」(アウトバーン)に代表されるように、自動車、原子力、鉄道、ロボット、コンピュータと重工業や先端技術をモチーフにしてきたからだ。その最新作が自転車レースとは、まるでベクトルが違う。生々しい呼吸音が示唆する人間の身体性も、自らをロボットとして演出してきた無機質な機械性とは相反している。

しかし、自転車が極めて高度な精密機械工学の産物であることに思い至れば、これもまたテクノロジー賛歌として捉えることができる。過酷なレースを戦い抜くために、最大限の効率で筋肉を駆使することも、冷徹な身体の機械化だろう。これは禁止事項であるが、薬物や血液、あるいは機械によるドーピングにも端的に現れている。人間が機械に溶け込むクラフトワークの願望として、自転車レースは最適だったに違いない。

だが、その内情はもっと面白い。1970年代終わりに彼らの音楽スタジオKling Klang Studioにロード・バイクが持ち込まれる。これに最も興味を示したのが、グループのリーダーであるラルフ・ヒュッター(Ralf Hütter)。メカニカルな面白さとともに、ワールド・ツアーに耐えうる体力作りの役割もあったそうだ。すぐに熱中して練習を繰り返し、最盛期には一日に200kmも走っていたと言う。これはブルベにも参加できる長距離だ。

from Podcast special: Did Cycling Kill Kraftwerk?

ラルフは他のメンバーにも自転車を勧め、音楽よりも自転車が優先されるようになる。それまでは1〜2年ごとに発表されていたスタジオ・アルバムの制作も緩慢になる。さらにラルフはライド中に生死も危ぶまれる事故に遭い、グループの活動は停滞する。そのような状況を良しとしないメンバーがグループを離れていく。本人は熱中しているが、周囲は呆れている、ありがちな状況だったのだろう。

しかし、自転車への情熱は続き、2003年にツール・ド・フランス100周年を記念するアルバム「Tour de France」を発表する。20年前のシングルの再録音とともに「Aéro Dynamik」や「Titanium」など自転車にちなんだ楽曲が並ぶ。これが最後のスタジオ作品となり、以後はコンサートが活動の中心になる。静(録音・編集)から動(演奏・応答)へ、自動車から自転車へ、クラフトワークの転身はテクノロジーの在り方を如実に示している。

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