幽霊の自転車、天国への自転車

数年前のロサンゼルスで、路上の白い自転車が目にとまった。自転車は明らかに破損していて、サドルやタイヤまで白く塗られているが、少なからず土埃で汚れている。放置自転車にしては撤去されていないのも不思議だ。最近になって、これがゴースト・バイク(Ghost Bike)と呼ばれる一種の追悼だと知る。路上で死亡や重大な事故にあった自転車を白く塗り、小さな標識を添えて現場に繋ぎ留めていたのだ。

Ghost Bike Manchester by Matt

このゴースト・バイクは交通事故に遭った自転車乗りを追悼するとともに、自転車の交通安全を静かに訴えている。Wikimedia CommonsFlickrでは世界各地で撮影された写真を見ることができる。自転車が白く塗られているだけでなく、花や被害者の写真が添えられていることもある。また、不完全だそうだが、世界各地のゴースト・バイクの一覧マップもある。ただ、なぜか日本の情報はない。

Bicianimitas de Ñuñoa by Ciberprofe

一方、写真家の今井竜也氏が2012年に自費出版した写真集「GHOSTBIKE」にも、数々のゴースト・バイクが収められている。センセーショナルではなく、淡々とした視線で撮影された現場が胸に迫ってくる。クロス張りの白い表紙には、あえて傷が付けられている。撮影場所は記載されていないが、この本の最初の写真はロンドンだろう。偶然にも今年の6月に滞在した場所で、すでに白い自転車はなかった。

GHOSTBIKE by Tatsuya Imai

ゴースト・バイクは非公認の活動であり、行政や警察との軋轢もあるに違いない。被害者の家族や友人の哀悼の気持ちに共感する人が多いとしても、それは公共の場の不法投棄物と見なされて撤去されてしまう。つかの間のの幻影のような白い自転車は、記録としてしか残らない。そこで、クラウドファンディングとしてゴースト・バイクの撮影旅行や、写真集映像の出版が行われている。

The Ghost Bike Project by Genea Barnes

プラハに設置されたBike to Heavenも興味深い。これも当初はゴースト・バイクとして白い自転車が現場に設置され、ほどなく撤去されたと言う。この事故現場は「死の十字路」と呼ばれるほど事故多発の交差点。整備を求める市民活動もあって再開発が行われ、自転車用信号機とともに、街灯の上部に自転車が取り付けられた記念碑が設置された。空へ、天国へと昇って行くような自転車が強い印象を与える。

Bike to Heaven by Byrnjolf

自転車は楽しい乗り物だが、路上には多くの危険があり、交通事故は数知れない。警察庁交通局がまとめた「平成27年の交通事故の発生状況」によれば、昨年の交通事故において自転車乗用中の死者は572人、重傷者は8,508人、軽傷者は88,725人であった。自動車乗車中の事故が遥かに多いものの、自転車も決して安全な乗り物ではない。自転車は被害者にもなれば、加害者にもなる。心してペダルを踏みたい。

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