二人乗りの自転車

人工的に合成された歌声は、今日では初音ミクが人気を博しているが、世界で初めて実現された楽曲はマックス・マシューズ(Max Mathews)らによる“Daisy Bell”、またの名を”Bicycle Built for Two”、「二人乗りの自転車」であった。1961年にIBM 7094なるトランジスタ式のメインフレーム(大型コンピュータ)を用いて合成された歌声は、人工的だが、少し間の抜けた親しみやすい印象を受ける。

Daisy, Daisy, give me your answer do
I’m half crazy all for the love of you
It won’t be a stylish marriage
I can’t afford a carriage
But you’ll look sweet upon the seat
Of a bicycle built for two

この曲はジョン・ケリー(John Kelly)とキャロル・ロックバウム(Carol Lockbaum)が、それ以外の伴奏はマシューズがプログラミングを行っている。楽曲自体はスタンダード・ナンバーだが、世界初の人工歌唱が自転車に関わる歌であったことは示唆的だ。なぜなら、自転車はコンピュータと同様に精巧なテクノロジーの産物であり、この曲に続く自転車とコンピュータ音楽との親密な関係を示しているからだ。

具体的には、マックス・マシューズはデジタル音響合成の第一人者であり、Musicシリーズのプログラミング言語やRadio-Batonなどの演奏装置で後世に大きな影響を与えた。彼の名前を冠したプログラミング環境であるMaxは、コンピュータ音楽やメディア・アートの制作ツールとして多用されている。そして、そのMaxの開発と販売を行っている企業の名前がCycling ’74であるのも偶然ではないだろう。

なお、この曲は不朽の名作「2001年宇宙の旅」でも重要な役割を担う。宇宙船に備え付けられた人工知能HAL 9000は、メモリー・ユニットを抜かれて機能を喪失する過程で、”Daisy, Daisy”と歌い始める。これはマシューズらの歴史的業績への敬意として作られたシーンに他ならない。次第にテンポとピッチが落ち、意識を失うように歌声が途切れてゆく様は、幼児退行であり、原点回帰だ。

さらに、iPhoneに搭載された人工知能とも言える対話サービスSiriに歌を歌うように依頼すると、この曲を歌ってくれる(こともあった)。これもまた、世界初の人工歌唱とHAL 9000へのオマージュだ。実際のところ、Siriの音楽的な表現能力の欠如はご愛嬌。こじつけのようだが、自転車とコンピュータ音楽は強い関係で結ばれているに違いない。そのような例は他にも見いだせる(この項続く)。

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